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数ある留学準備の中で、唯一、自分の力ではどうすることもできないもの、それは学生ビザの取得だ。
ご存知の方も多いと思うが、9.11の影響を受け、現在アメリカへの外国人の入国は厳しく管理されている。友好国(ビザ免除国)である日本でも、2003年8月以降、留学などのビザの取得が必要な渡航目的の場合には、アメリカ大使館(領事館)での面接が必要になった。また現在では、留学に限ったことではないが、入国の際には指紋採取と顔写真の撮影が義務付けられている。(出国時に指紋採取が必要な空港もあるらしい。)
さて、私自身、留学準備を進める中で、無事ビザが発給されるかどうかが一番の心配事だった。・・・
ご存知の方も多いと思うが、9.11の影響を受け、現在アメリカへの外国人の入国は厳しく管理されている。友好国(ビザ免除国)である日本でも、2003年8月以降、留学などのビザの取得が必要な渡航目的の場合には、アメリカ大使館(領事館)での面接が必要になった。また現在では、留学に限ったことではないが、入国の際には指紋採取と顔写真の撮影が義務付けられている。(出国時に指紋採取が必要な空港もあるらしい。)
さて、私自身、留学準備を進める中で、無事ビザが発給されるかどうかが一番の心配事だった。・・・
ビザの申請には、留学先の大学の受け入れ(入学)許可証『I-20』が必要となる。言い換えると、大学からの入学許可がおりてから初めてビザの申請資格を得ることになる。ビザを取得し、入国できることが保障されてから、安心して留学準備を始められるわけではないのだ。肝心のビザがおりなければ、それまでの留学準備に費やした労は全て水泡と化す。そればかりか、その後数年間予定していた生活の大幅な変更を余技なくされることになる。
私の場合も、ビザの申請時期にはすでに仕事も辞め、子供は通っていたスクールを辞め、東京の住まいを引き払って実家に身を寄せ、また渡米後の住居の“契約”まで済ませる段階だった。もしこれでビザがおりていなかったら、泣くに泣けない状況だっただろう。
さて、9.11以降審査が非常〜に厳しくなったという留学生ビザ。私も、その申請に際しては、さんざん怖い?話を聞かされていた。
ある留学カウンセラーからは(といっても、彼女の情報は当初からあまりアテにならなかったが)、ビザの面接に、付き添いのアメリカ人の男友達同伴で行った女の子が、留学ビザでアメリカに入国し、その後この男性と結婚してアメリカの永住権を得るのが目的と面接官に判断されたとかで、ビザが発給されなかったという話を聞かされた。
もっとも、私はこの話には大いなる疑問を持っている。
果たして留学当事者でないアメリカ人男性が面接に同席することができたのか? そうでなければ、面接官はどうやって彼という付き添いの存在を知ったのか。また、ビザが発給されなかった理由がその付添いのせいであるとどうして特定できたのか?(大使館からそう伝えられたの?)それに、もし結婚するつもりならば、正規の手続きを踏んで堂々とアメリカに住むことができるではないか。学生ビザを発給しないことで何かアメリカにメリットがあるのか。
この辺りの事実関係は、又聞きの私には分からない。話に尾ヒレがついていることも十分にあり得るので、まあ、こんな話もあったそうだ、ということで聞き流してください。
ただ、そのカウンセラーが強調していたのは、アメリカ大使館は、ビザ申請者が日本に帰国する意思があるのか、それをビザ発給の重要な判断基準のひとつにしているということだ。
この件に関して、当サイトにリンクして頂いているYokoさんのページにも関連した記述(こちら)がありましたので、ご参考までにどうぞ。
ところで、最初に、ビザ取得に関して自分の力ではどうすることもできない、と書いたが、ひとつだけ出来ることがある。それは、上述のYokoさんのサイト内にもある通り、いかに『日本とのつながりを証明』できるかだ。
このような書類が大使館からオフィシャルに要求されているものであったかはよく覚えていない。が、前述のカウンセラーからは、例えば帰国後にこの会社に就職が決まっています、というような書類があれば強い、と言われた。しかし、留学なんて数年単位。会社が費用負担のMBA留学などでなければ(今時こんなシステムまだある?)、そんな証明のできる人なんているわけがない。
しかし、この『日本とのつながり証明』は絶対に必要、かつ重要だと理解した私、どのようなものを準備するべきか考えた。自分の家族構成を紹介して家族の絆を訴えるべきか、それとも何の裏づけもないまま、ただ自分は絶対に日本に帰ってくると一行書いただけの宣誓文でも良いものか…。
どうすればより説得力が増すかと思索の末、父親が小さいながら会社を経営していることを利用させてもらうことにした。もちろん事実ではないが(!)『卒業後は速やかに帰国し、父親の会社を手伝う予定である』と文面にし、社印と父親の署名をもらった。そして念のため、『日本人である子供の教育は、日本で受けさせるべきという強い信念を持っている』(←これは事実)とも書き加えた。
これ以上のものを書いて出せと言われても無理だったろう。
その他、申請に必要な提出書類の中に、『DS-156』、『DS-157』、『DS-158』と呼ばれる書類がある。どの書類が何を目的とするものであるかは覚えていないが、いずれも個人情報についての質問に答える内容になっている。ビザ申請の核となる非常に大事な書類なので、その記述には細心の注意を払った。
しかし、その際、私には数点の問題が発生した。
上記の書類には、これまでの渡航歴やその入・出国日について記述しなくてはならない欄がある。しかし、私、昔カバンを紛失した(盗られた?)際に、その中に入っていたパスポートや、前回のアメリカ滞在時に取得していたソーシャルセキュリティーのカードも一緒に失くしてしまっていたのだ。
渡航歴を書けと言われても、入・出国日なんてもちろんのこと、これまでに何回渡米したのかすらもよく覚えていない。パスポートを失くしているのでその検索は不可能である。自分のソーシャルセキュリティ番号だって覚えてはいない。
記入例などを見ても、そのような事例についての記載はなかったので、万全を期すためにアメリカ大使館に問い合わせることにした。
今はどうか分からないが、当時、質問をファックスでも受け付けていた。
ちなみに、電話問い合わせは事実上不可能だ(当時)。延々と流れる自動音声テープを聞き続けた後でも、担当職員に無事電話がつながるかどうかは分からず、またそんなに長時間電話の前で待ってなどいられない。
そこで、質問事項を書面にしてファックス送信したのだが、その返信は想像以上に迅速だった。送信後、2日程度で回答があったと記憶している。渡航歴については記憶の範囲内でなるべく正確にとのこと、ソーシャルセキュリティ番号についてはどんな指示だったか記憶がない。覚えていないということは、特に書かなくても問題はなかったということか。
さて、このようにして無事疑問も解決し、全ての書類は整った。
そして、いよいよ面接のため、いざ鎌倉!…じゃなくって、いざアメリカ大使館へ!
でも、この記事、大分長くなってきちゃったので、続きは次編で。
私の場合も、ビザの申請時期にはすでに仕事も辞め、子供は通っていたスクールを辞め、東京の住まいを引き払って実家に身を寄せ、また渡米後の住居の“契約”まで済ませる段階だった。もしこれでビザがおりていなかったら、泣くに泣けない状況だっただろう。
さて、9.11以降審査が非常〜に厳しくなったという留学生ビザ。私も、その申請に際しては、さんざん怖い?話を聞かされていた。
ある留学カウンセラーからは(といっても、彼女の情報は当初からあまりアテにならなかったが)、ビザの面接に、付き添いのアメリカ人の男友達同伴で行った女の子が、留学ビザでアメリカに入国し、その後この男性と結婚してアメリカの永住権を得るのが目的と面接官に判断されたとかで、ビザが発給されなかったという話を聞かされた。
もっとも、私はこの話には大いなる疑問を持っている。
果たして留学当事者でないアメリカ人男性が面接に同席することができたのか? そうでなければ、面接官はどうやって彼という付き添いの存在を知ったのか。また、ビザが発給されなかった理由がその付添いのせいであるとどうして特定できたのか?(大使館からそう伝えられたの?)それに、もし結婚するつもりならば、正規の手続きを踏んで堂々とアメリカに住むことができるではないか。学生ビザを発給しないことで何かアメリカにメリットがあるのか。
この辺りの事実関係は、又聞きの私には分からない。話に尾ヒレがついていることも十分にあり得るので、まあ、こんな話もあったそうだ、ということで聞き流してください。
ただ、そのカウンセラーが強調していたのは、アメリカ大使館は、ビザ申請者が日本に帰国する意思があるのか、それをビザ発給の重要な判断基準のひとつにしているということだ。
この件に関して、当サイトにリンクして頂いているYokoさんのページにも関連した記述(こちら)がありましたので、ご参考までにどうぞ。
ところで、最初に、ビザ取得に関して自分の力ではどうすることもできない、と書いたが、ひとつだけ出来ることがある。それは、上述のYokoさんのサイト内にもある通り、いかに『日本とのつながりを証明』できるかだ。
このような書類が大使館からオフィシャルに要求されているものであったかはよく覚えていない。が、前述のカウンセラーからは、例えば帰国後にこの会社に就職が決まっています、というような書類があれば強い、と言われた。しかし、留学なんて数年単位。会社が費用負担のMBA留学などでなければ(今時こんなシステムまだある?)、そんな証明のできる人なんているわけがない。
しかし、この『日本とのつながり証明』は絶対に必要、かつ重要だと理解した私、どのようなものを準備するべきか考えた。自分の家族構成を紹介して家族の絆を訴えるべきか、それとも何の裏づけもないまま、ただ自分は絶対に日本に帰ってくると一行書いただけの宣誓文でも良いものか…。
どうすればより説得力が増すかと思索の末、父親が小さいながら会社を経営していることを利用させてもらうことにした。もちろん事実ではないが(!)『卒業後は速やかに帰国し、父親の会社を手伝う予定である』と文面にし、社印と父親の署名をもらった。そして念のため、『日本人である子供の教育は、日本で受けさせるべきという強い信念を持っている』(←これは事実)とも書き加えた。
これ以上のものを書いて出せと言われても無理だったろう。
その他、申請に必要な提出書類の中に、『DS-156』、『DS-157』、『DS-158』と呼ばれる書類がある。どの書類が何を目的とするものであるかは覚えていないが、いずれも個人情報についての質問に答える内容になっている。ビザ申請の核となる非常に大事な書類なので、その記述には細心の注意を払った。
しかし、その際、私には数点の問題が発生した。
上記の書類には、これまでの渡航歴やその入・出国日について記述しなくてはならない欄がある。しかし、私、昔カバンを紛失した(盗られた?)際に、その中に入っていたパスポートや、前回のアメリカ滞在時に取得していたソーシャルセキュリティーのカードも一緒に失くしてしまっていたのだ。
渡航歴を書けと言われても、入・出国日なんてもちろんのこと、これまでに何回渡米したのかすらもよく覚えていない。パスポートを失くしているのでその検索は不可能である。自分のソーシャルセキュリティ番号だって覚えてはいない。
記入例などを見ても、そのような事例についての記載はなかったので、万全を期すためにアメリカ大使館に問い合わせることにした。
今はどうか分からないが、当時、質問をファックスでも受け付けていた。
ちなみに、電話問い合わせは事実上不可能だ(当時)。延々と流れる自動音声テープを聞き続けた後でも、担当職員に無事電話がつながるかどうかは分からず、またそんなに長時間電話の前で待ってなどいられない。
そこで、質問事項を書面にしてファックス送信したのだが、その返信は想像以上に迅速だった。送信後、2日程度で回答があったと記憶している。渡航歴については記憶の範囲内でなるべく正確にとのこと、ソーシャルセキュリティ番号についてはどんな指示だったか記憶がない。覚えていないということは、特に書かなくても問題はなかったということか。
さて、このようにして無事疑問も解決し、全ての書類は整った。
そして、いよいよ面接のため、いざ鎌倉!…じゃなくって、いざアメリカ大使館へ!
でも、この記事、大分長くなってきちゃったので、続きは次編で。
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