楠木神社

ここのところ風邪気味で更新の間があいてしまいました。
まだ頭がはっきりとしないので、
意味不明な文章になっているだろうことを予めおことわりしておきます。

楠木神社
所在地:群馬県館林市
主祭神:楠木正成


20050220222608s.jpg

境内には「たてばやし民話100選(正しい名称は不明)」のような碑があるだけで、
肝心の話の内容となる縁起書などは一切無い。
後日図書館で調べたところ、後醍醐天皇に仕えた南朝の忠臣にして稀代の戦術家であった
楠木正成公の首塚を祀った神社らしい。

1336年湊川の戦いで非業の死を遂げた正成の首を塩漬けにし、
密かに持ち出した田部井氏ら正成の家臣5人(元々は7人だったが途中で2人死亡)が、
南朝方の北畠顕家に保護を求めるため東北に向かう途中にこの地に立ち寄った。
大きな楠の木の下で休息を取り出発しようとしたところ、
首を入れた籠が突然重くなりどうしても動かなくなったため、
正成公の御遺志としてその木の下に首を埋め、
社を建ててこの地に土着し祀ったのが由来である。

写真は石製の靖国鳥居。鳥居はこの一基しかなく、全体として寂しい雰囲気である。


20050220222620s.jpg

これが正成公の首を埋めた楠の木。今も現存しているが同じ木であるかどうかは不明である。

なお、この楠木神社がある一帯は楠町といい、
いまも田部井姓が多い地域であるらしい。

またこの神社については館林・邑楽地区一帯の歴史に関する情報が多いので、
後日調べなおしてた上、改めて追記をしたいと思う。 5/7追記

正成の家臣は追っ手を逃れるために改名したもの。
小林図書、田部井藍物、石井右京、半田淡路、江守主水の5人。

もともとは野木神社という名称であったが、明治5年に村社に格付けされた際に「楠木神社」に改名。
ところがこのとき、神主が「草野姫神」を祭神としたことに氏子が反発、
改めて楠木正成が祭神とされた。

なお「野木神社」は栃木南部に多い社名であり、巨木信仰から生じたものと考えられている。

(09/09追記)
落ち延びた五人の元の名と改名後の名は以下の通り。
三石藤内行隆→石井左京正豊
江田四郎高次→江守主水正行
岡田四郎友治→田部井藍物(ケンモツ)正茂
富田七郎正武→半田淡路正久
伊藤兵部義和→小林図書正治

社名を「野木神社」としたのは、足利氏を憚ってのもの。
「久須乃樹(クスノキ)」の久須を省き、「乃木大明神」と号した。

COMMENTS

靖国鳥居

細かい分類では、平貫神明のうちで、台石のないものを靖国鳥居というはずなので、写真の鳥居は神明鳥居でいいんじゃないかと。

ありがとうございます

ご指摘ありがとうございます。
靖国鳥居は台石を無いものを指すのですか!
だとすると過去靖国鳥居として紹介した中にも異なっているものがあるかもしれません。
なにしろ付け焼刃な知識しかございませんので、このようなご指摘は本当にありがたいです。
やはり根岸栄隆の「鳥居の研究」は手に入れたほうがいいですかね?
だいぶ前に再版がかかったようですが、それでも手が出なくて・・・。

『鳥居の研究』

まあ、根岸の呼び方にこだわることはないんですけど、靖國神社の鳥居には台石がないですから。
『鳥居の研究』は、そうですね、俺も通読しちゃいないですけど、あればあったでいいです。古本なら5000円以下で手に入ると思いますので、「スーパー源氏」とか「日本の古本屋」とかで検索していただければ。

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