Titbit in Britain

ブリテンとゲルマンとニッポンと / 心身にやさしい生活を

1,2,3,4・・・・ 数を数える時の指はどのように折りますか?

夫に数を聞かれ、でもようやく寝付いたばかりの息子がそばにいて
大きな声が出せなかった時、左手の指は5本とも広げ、右手の指は
人差し指・中指・薬指の3本を広げて「8」と答えました。

ちょっととまどったような表情でじっと見つめてから、「ああ、8ね」と
言いつつ夫は私の指を訂正します。右手の3本は親指・人差し指・
中指・薬指だと。

そうなんですよ。
彼らは数を指折って数える時、まず拳固を握って「1」と親指を突き出す
のです。そもそも拳固から始まるので、“指折る”ではなく“指立てる”で、
さらに10本の指を全部使った後、はまた拳固から始まるのです。
日本人からみたら、本当に不思議なやり方です。

子供には是非とも日本式を身に付けて欲しいと、単なる私の思い入れで
願っていたのですが、ふと気が付いた時にはやっぱり親指から「1」って。
あ〜あ、です。

それからもう一つ、「え、いつの間に・・・」と思うことを、幼児の下の子
まで身に付けていたのに、最近驚かされました。

自分のことを指す場合、日本人は一般的に顔というか鼻頭を指で指すと
思うのですが、西洋人の多くは胸を指すんですね。
そして彼等にとって鼻を指すのは、私にとって拳固から始まる数え方が
とても違和感を覚えるのと同様に、非常に奇妙な見振りに思えるらしい
のです。
私自身、気付いてみると最近は鼻よりも胸を指すことの方が多くなって
いるので、特別子供に日本式を、という気持ちはないのですが。

下の子の胸を指して「これは誰?」と聞き、次は私を指して「これは?」
その次は夫を指し、上の息子を指し、と順番に訊ねるのを繰り返して
いた時のこと。
それぞれの名前を答えていく息子に、ふと彼の鼻を指して「これは?」
と聞いたら、すかさず「ナーゼ(ドイツ語で鼻)」と返って来ました。
まだ2歳にならない彼にとってすら、自分のことを指す場所は胸で
あって鼻ではない訳です。

文化が入り混じって育つというのは、単に姿形や言葉だけのことではなく、
毎日暮らしていくことの一つ一つが、こちら流・あちら流と混ざり合って
いき、パズルのピースがはまっていくように本人を作り上げていくんだなぁ
と思いました。
渡英してもう大分長くなり、一年の種々行事も日本のものを敢えて
頑張って取り入れることもあまりありません。

海外にいても、ちゃんと日本の季節の行事を忘れずにとり行って
いる人も沢山いるのに感心し、易きに流れやすい私はいつも少々
後ろめたい気持ちになります。

そんな私も、子供達もそろそろものがわかるようになってきたところ
だし、今年はきちんとキリをつけるためにも節分の豆まきをしてみました。

本当は大豆だけれど、買い置きしてあったひよこ豆を使って‘炒り
ひよこ豆’を作り、息子達に諸々含めおいて豆を握らせました。

上の息子は何故豆なんだ?鬼って何だ?福ってなんだ?と次々に
質問をくりだしましたが、いずれにしても幼い弟共々
“庭に向かって豆まくのって、楽しい!”
という所に気持ちは集約された様子で、二人とも留めなければ全ての
豆をまき散らかさんばかりでした。

節分を機にエネルギーは変換すると聞きます。
こちら風のまま、新年も何もない感じで年越しをしたこともあり、
改めてこの節分で気持ちが新しくなったようにも感じました。
豆まきとは縁の無い英国でも、春の訪れの象徴とされる水仙の
芽が出てきだしているのを一昨日見つけました。
そろりそろりと、春を迎えるような始まりの気配に包まれている
のかもしれません。

最近本当に自分の中から日本語が失われつつあるのを感じる。
きっと日本にいて生活していても、加齢によって少しずつ
言葉が出てこないことがあったり、漢字を忘れたりするの
だろうと思うけれど、今の私に起こっていることは勿論
そんなものの比ではない。

毎日英語ばかりだから日本語が消えていくんでしょう、って
いうのは全く私の場合は当てはまらない。
何しろ子供達とは、日本語担当の私は日本語のみで会話するし、
一日に言葉を交わす全体量に対してこの子供達との日本語会話が
一番長い時間を占めているのだから。

逆に言えばこの現状を反映して、英語についてもどんどん
頭から抜け落ちていっている。哀しいことに。
そもそもが、へへへん、程度の英語力が低下していくのだから
もう情けないことこの上ない。

特に日本語については、書き言葉が出てこなくなった。
別にこの長い間の不更新を言い分けする訳ではなく、文章に
しようとすると言葉の使い方が何となく微妙にずれてしまう
ことが良く起こってしまうのだ。いやはや。

そんなことで、ちょっと危機感でもあり、これからまた
なるべくできる範囲でここも更新していこうと思っている。
どれだけ老化防止に役立つのかはわからないが、やらないよりは
少しでも、と思って。




タイトルの高過ぎる、一体何がかというと
ガソリンです。

この国はとにかく何でも高いので、まあ
ガソリンに限ったことではないのですが・・。

先日ついに大台(=100p=約240)を超えた
ガソリンスタンドを目にして以来、そこかしこで
似たような高値が表示されているのを見ます。

なんと数日前には107.99pって・・・。
約260/lという値だったら、日本では誰も買わない
のでは?
都心でバスや電車が充分に走っているなら良いけれど、
こんな田舎では車に乗らない訳にはいかず。
当然毎回安いガソリンスタンドを探して、遠回り
しています。

ここしばらくの異常なまでの高さは、世界の情勢を
反映しているもののようですが、仮にそういう
特殊要因がなくなっても、やっぱりこの国のガソリンは
とんでもなく高い。

少しでも車に乗らない生活というのは、環境の為にも
推進されるべきで、ガソリン高をきっかけにという
考えもあるけれど、それにはあまりにもインフラが未整備。
ロンドン以外の町では、基本的に車=足でしょう。

ガソリンがせめて80p/l位に落ち着き、せめて£1=180位に
なってくれると、とても嬉しいのですが・・。
きっと夢の夢でしょう。


今日で夏時間が終わり、時計の針が1時間戻されました。

ここしばらく、日の出もすっかり遅くなり、どう考えても
夏時間は無理があるのでは?と思っていた所なので、
ようやく落ち着く形になった気分です。

夏時間が終わったということは、すなわち暗くて長い冬が
始まるということ。
もっともカレンダー上の夏が終わった時に、バサッと
音をたてて頁をめくるかのように、一気に冬に向かうここ
英国。あ、葉が色づいた、と気付いたすぐ後にすぐさま
落ち葉の絨毯となり、朝薄暗がりの中でひんやりとした
冷たく湿った空気が感じられるように。
紅葉を楽しむも何もありません。梅雨が無い分バーターだ、
と言い聞かせつつ、日本の秋の幻影を頭の中から追いやります。

とにかく。
正真正銘、冬が始まっていく中、人は皆一斉にクリスマスに
向かって突進していく訳です。
色々な思いも懐にぐいっと押し込めて、やっぱり変わらず
今年もクリスマス準備にいそしむ。毎年クリスマスショッピング
への批判があがりますが、ヨーロッパの冬の暗く長いことを思えば、
いたしかたない、先人の知恵だ、と納得せざるを得ません。

夫がヨーロッパ人ではあるものの、この手のクリスマス狂騒に
とんと縁の無い我家。周りに親戚がいる訳でもないし。
長くて暗い冬を乗り越えるために、ここは一つ、年末年始の
日本式行事をやってみよようか、と思うこともあるけれど、
結局私一人が大変で、それほど皆の心に染み込むとも思えず
あきらめます。

せめてできるなら、晴れの日が少しでも多い冬でありますように、
と思わず祈ってしまいます。

波

  • Author:波
  • 大ブリテン島の片隅にて、
    日々思うあれやこれや。

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